スタートアップ・ベンチャー・中小企業の資金調達 完全ガイド|銀行融資・格付け・ファクタリングまで実務者が徹底解説

「銀行は、晴れの日に傘を貸し、雨の日に取り上げる」──この言葉を恨み言として口にする経営者を、私は何人も見てきました。しかし20年以上「借りる側」として銀行と向き合ってきた立場から言えば、この言葉は半分しか正しくありません。

正確にはこうです。銀行は「雨が降る前に傘を借りておく方法」を知っている会社には、雨の日でも傘を貸し続けます。その方法とは、銀行内部の評価の仕組み──格付けと債務者区分──を理解し、先回りして手を打つこと。それだけです。

本記事は、中小企業の資金調達の全論点を1本にまとめた完全ガイドです。筆者は外資系金融機関を経て、東証上場企業の財務部長・財務責任者として、480億円のシンジケートローン組成、R&IのA-格付けの取得、東証グロース市場への上場を経験してきました。教科書ではなく、交渉のテーブルで得た知見だけをお伝えします。

※本記事中の事例は、守秘義務に配慮し複数の実例を再構成した複合事例です。


目次

  1. 資金調達の全体像──「どこから借りるか」の前に「どう見られているか」
  2. 銀行融資の基礎知識──プロパー融資と保証付き融資の決定的な違い
  3. 銀行格付けと債務者区分──あなたの会社は銀行内部でこう評価されている
  4. 決算書は銀行にこう読まれる──融資担当者が最初に見る5つの数字
  5. 融資交渉の実務──面談で聞かれる質問と、信頼を勝ち取る答え方
  6. 日本政策金融公庫と信用保証協会──公的金融の正しい使い方
  7. ファクタリング・ビジネスローン──ノンバンク調達の使いどころと注意点
  8. 資金繰り管理の技術──資金繰り表が会社を救う
  9. IPOを見据えた資本政策──デットとエクイティの最適バランス
  10. よくある質問(FAQ)

1. 資金調達の全体像──「どこから借りるか」の前に「どう見られているか」

黒字で返済遅延ゼロの製造業A社が、突然「追加融資は難しい」と告げられました。原因は3期連続で増えていた役員貸付金。銀行内部ではこの科目は資産価値ゼロとみなされ、A社は知らぬ間に「実質債務超過」と判定されていたのです。

1-1. 資金調達の選択肢マップ

中小企業が使える資金調達手段は、大きく4つに分類できます。

分類 主な手段 コスト目安 調達スピード
公的金融 日本政策金融公庫、制度融資(保証協会付き) 年1〜3%程度 2週間〜1.5ヶ月
民間金融機関 銀行・信用金庫のプロパー融資、当座貸越 年1〜4%程度 2週間〜1ヶ月
ノンバンク ファクタリング、ビジネスローン、リース 年率換算で数%〜十数%超 即日〜1週間
エクイティ VC・事業会社からの出資、クラウドファンディング 持分の希薄化 3ヶ月〜

※金利・手数料は市場環境や個社の信用力により大きく変動します。数値は目安です。

重要なのは、これらを「困ったときに駆け込む順番」ではなく、平時から組み合わせて設計しておくポートフォリオとして捉えることです。資金繰りに窮してから動くと、選択肢は高コストなものしか残りません。

1-2. すべての出発点は「銀行からの見られ方」

4つの選択肢のうち、中小企業の資金調達の中核は今も昔も銀行融資です。そして融資の条件──金額、金利、保証の有無──を決めているのは、社長の人柄でも熱意でもなく、銀行内部の「格付け」と「債務者区分」です。この仕組みの理解なくして資金調達は語れません。本ガイドが格付けの解説(第3章)に最も紙幅を割いているのはそのためです。

1-3. 資金調達戦略の3原則

  1. 借りられるときに借りる。銀行は業績が良いときにしか貸しません。「今は必要ない」ときこそ、当座貸越枠の設定や長期資金調達のタイミングです。
  2. 銀行の評価ロジックを理解し、決算書を「作る」。粉飾ではありません。同じ実態でも、勘定科目の整理と説明資料の有無で格付けは変わります。
  3. 調達手段は分散する。メインバンク1行依存は最大のリスクです。

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2. 銀行融資の基礎知識──プロパー融資と保証付き融資の決定的な違い

創業8年目のIT企業B社は保証付き融資だけで累計8,000万円を借り、「銀行と良好な関係」と信じていました。しかしプロパー融資はゼロ──銀行は自行のリスクを1円も取っていなかったのです。決算内容を2年かけて整え、初のプロパー融資3,000万円を得たとき、銀行は初めて本当の「取引先」になりました。

2-1. プロパー融資と保証付き融資の構造

  • プロパー融資:銀行が100%リスクを負う融資。審査は厳しいが金利は低く、金額も柔軟。銀行があなたの会社を本当に評価している証拠。
  • 保証付き融資:信用保証協会が原則8割を保証。借りやすいが保証料(年0.5〜2%程度)が上乗せされ、保証枠には上限がある。

多くの中小企業は保証付きから始めますが、ゴールは常にプロパー融資への移行です。保証枠は「いざというときの予備弾」として温存し、平時の調達はプロパーで行う──これが理想形です。枠を使い切った状態で危機が来ると、打つ手がなくなります。

2-2. 融資の形態──証書貸付・手形貸付・当座貸越

形態 適した使途 特徴
証書貸付 設備投資、長期運転資金 1〜10年の分割返済。最も一般的
手形貸付・短期継続融資 経常運転資金 期日一括・転がし(継続)が前提
当座貸越 一時的な資金繰り 枠内で自由に借入・返済。設定できる会社は高評価の証

実務上の最重要ポイントは、経常運転資金(売掛金+棚卸資産−買掛金)を証書貸付の分割返済で借りないことです。経常運転資金は事業を続ける限り恒常的に必要な資金であり、分割返済すると返済のたびに資金繰りが苦しくなります。短期継続融資や当座貸越への組み替え交渉は、資金繰り改善の即効薬です。

2-3. 複数行取引の設計

年商数億円規模なら、メインバンク1行+サブ1〜2行が標準です。複数行への決算説明は手間ですが、この「手間」こそが後述するデットIR(債権者向け広報)の実践であり、リターンは手間を大きく上回ります。


3. 銀行格付けと債務者区分──あなたの会社は銀行内部でこう評価されている

支店長に毎年頭を下げられ、評価は盤石と信じていた卸売業C社。しかし銀行内部のスコアリングを試算すると「正常先」の下限ギリギリ──あと一期赤字なら金利上昇と融資停止が待つ位置でした。支店長の笑顔と、銀行システムが弾き出す点数は、まったくの別物です。

3-1. 債務者区分とは何か

銀行は全融資先を、金融検査の枠組みに基づき以下のように分類しています。

債務者区分 状態 融資への影響
正常先 業績良好、財務に問題なし 新規融資・金利交渉が可能
要注意先 赤字、延滞、リスケ等の懸念 新規融資のハードルが急上昇。金利上昇
要管理先 3ヶ月以上延滞・貸出条件緩和 新規融資は原則困難
破綻懸念先 経営難で再建の見通しが立ちにくい 回収フェーズへ移行
実質破綻先・破綻先 実質的・法的な破綻状態 ──

区分が下がるほど銀行は多くの貸倒引当金を積む必要があり、「要注意先」への融資は銀行にとってコストの高い行為になります。担当者がどれだけ応援したくても、区分が悪ければ稟議は通りません。逆に、区分さえ良ければ融資交渉の大半は終わっています。

3-2. 格付け(スコアリング)の中身──定量評価と定性評価

債務者区分の土台が各行独自の信用格付けです。評価の7〜8割は決算書による定量評価で決まります。

  1. 安全性:自己資本比率、流動比率、固定長期適合率
  2. 収益性:売上高経常利益率、総資本経常利益率(ROA)
  3. 成長性:売上高増加率、利益増加率
  4. 返済能力:債務償還年数、インタレスト・カバレッジ・レシオ

実務上、銀行が最も重視するのは債務償還年数(有利子負債÷キャッシュフロー)です。「借入金を毎年のキャッシュフロー(簡便式: 経常利益+減価償却費−法人税等)で何年で返せるか」を示し、10年以内が一つの目安。これを超えると「過剰債務」と判定され、格付けは大きく毀損します。

残り2〜3割の定性評価は、経営者の資質、業界での地位、技術力、後継者の有無など。ここは決算説明の場で「語れるか」が勝負であり、第5章の交渉術に直結します。

3-3. 銀行は決算書を「修正」してから評価する──実態バランスシート

多くの経営者が見落とす最重要ポイントです。銀行は提出された決算書をそのまま使いません。資産価値が疑わしい項目を減額修正した「実態バランスシート」を作成し、それで評価します。

減額修正されやすい代表的な勘定科目:

  • 役員貸付金:回収可能性なしとみなされ、ほぼ全額が資産から控除
  • 長期滞留の売掛金・貸付金:不良債権として控除
  • 過剰な棚卸資産:不良在庫分を控除
  • 仮払金・立替金:内容不明なら控除
  • 含み損のある有価証券・不動産:時価まで減額

帳簿上は資産超過でも、実態BSで債務超過なら銀行内部の扱いは「実質債務超過先」です。逆に、これらの科目を平時から整理しておくだけで、財務の実態は何も変わらなくても格付けは改善します。地味ですが、金利を下げ融資枠を広げる最も確実な打ち手です。

3-4. 格付けを上げる実務手順

  1. 即効(決算前3ヶ月):役員貸付金・仮払金の精算、不要資産の売却による借入圧縮、勘定科目の適正化
  2. 短期(1期):役員報酬の適正化による利益確保、減価償却の確実な実施(償却不足は銀行に必ず見抜かれます)
  3. 中期(2〜3期):自己資本比率の改善、債務償還年数10年以内の達成
  4. 継続:四半期ごとの試算表提出と決算説明の実施(定性評価の引き上げ)

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4. 決算書は銀行にこう読まれる──融資担当者が最初に見る5つの数字

ある銀行の融資担当者いわく「決算書を受け取って最初の3分で当たりはつく。残りはそれを稟議書に翻訳する作業」。彼が3分で見るのは、現預金・借入金・純資産・経常利益・減価償却費の5つだけでした。

4-1. 担当者が3分で見る5つの数字

  1. 現預金残高:月商の何ヶ月分あるか。最低1ヶ月分、理想は2〜3ヶ月分。現預金が薄い会社は、利益が出ていても危険とみなされます。
  2. 有利子負債と債務償還年数:10年以内が目安。月商倍率(借入金÷月商)では、業種にもよりますが3〜6倍超で警戒されます。
  3. 純資産(自己資本):債務超過でないことが大前提。自己資本比率20%以上で一安心、30%以上なら優良の入口。
  4. 経常利益:2期連続赤字は要注意先転落の典型パターン。
  5. 減価償却費:利益を出すために償却を止める「化粧」は、銀行員が最初に疑うポイント。

4-2. 銀行が嫌う決算書・好む決算書

嫌われる決算書:役員貸付金がある/毎期ギリギリの黒字(利益調整を疑われる)/勘定科目内訳明細書が雑/経営者が中身を説明できない

好まれる決算書:現預金が厚い/一時要因が特別損益に明確に区分されている/内訳明細が丁寧/決算説明資料(サマリー1〜2枚)が添付されている

最後の「決算説明資料」は、作っている中小企業が1割もない一方、効果は絶大です。前期比の増減要因、今期見通し、返済計画を1枚にまとめるだけで、担当者は稟議書をほぼそのまま書けます。稟議書を書きやすくしてあげることが、最高の融資交渉なのです。


5. 融資交渉の実務──面談で聞かれる質問と、信頼を勝ち取る答え方

480億円のシンジケートローン組成で十数行から受けた質問は、突き詰めれば「何に使うのか」「どう返すのか」「外れたらどうするのか」の3つでした。これは融資額が3,000万円でも480億円でも変わりません。

5-1. 面談で必ず聞かれる質問と回答の型

質問 銀行の意図 回答の型
資金使途は? 使途の妥当性確認 金額の積算根拠まで示す。「なんとなく運転資金」はNG
返済原資は? CFでの返済可能性 「税引後利益+減価償却費」ベースで具体的な数字を示す
業績の見通しは? 計画の実現可能性 楽観・保守の2シナリオを提示。保守でも返済可能と示す
他行の借入状況は? 資金繰り全体の把握 銀行取引一覧表を先回りして提出。隠すと信用を失う
計画未達の場合は? リスク対応力 コスト削減余地、遊休資産など「次の手」を具体的に

そして、想定外の質問には取り繕わず「持ち帰って確認します」と言うこと。銀行員が最も恐れるのは、わからないことを断言する経営者です。

5-2. 金利交渉の現実的な進め方

金利交渉は「下げてください」と頼む場ではなく、銀行が下げられる材料を提供する場です。

  1. 格付けの改善実績:自己資本比率や債務償還年数の改善を時系列で示す
  2. 他行条件との比較:「他行から年◯%の提案を受けているが、御行をメインと考えている」という伝え方なら、担当者は支店内で交渉する根拠を得られます
  3. 取引の総合採算:預金・振込・外為など融資以外の取引集約とセットで提案する

5-3. 経営者保証を外す交渉

「経営者保証に関するガイドライン」の運用定着により、経営者保証なし融資の割合は年々高まっています。要件は実質3つ──(1)法人と個人の分離(役員貸付金等がない)、(2)財務基盤の強化、(3)試算表の定期提出などの情報開示。お気づきでしょうか。これは第3章の格付け改善とほぼ同じ要件です。格付け対策を進めれば、経営者保証の解除も金利低下も同時についてきます。

5-4. デットIRという考え方

私が一貫して提唱しているのが「デットIR」──株主向けIRと同じ熱量で、債権者である銀行に情報発信を行うことです。四半期ごとの試算表送付、年1回の決算説明、中期計画の共有。これを2〜3年続けた会社は定性評価が目に見えて変わり、「貸してください」と言う前に「お借入のご予定はありませんか」と電話が来るようになります。


6. 日本政策金融公庫と信用保証協会──公的金融の正しい使い方

公庫の2回目融資を断られた飲食業D社と、1年後にすんなり増額できた同業E社。違いは一つ、E社は1回目の融資直後から半期ごとに試算表と近況報告を公庫に送り続けていたことでした。公的金融も「情報をくれる先」を信頼する点で、民間銀行と何も変わりません。

6-1. 日本政策金融公庫の位置づけ

公庫は創業期・小規模期の最初の長期資金調達先であり、公庫からの借入実績は民間銀行への「信用の名刺」になります。創業融資を公庫で受け、返済実績を1〜2年積んでから民間銀行の保証付き融資へ──これが王道の順序です。

2回目以降のポイントは、(1)前回融資の返済実績が概ね1年程度あること、(2)前回の資金使途どおりに使った証跡、(3)業績が計画から大きく下振れしていないこと、の3点です。

6-2. 信用保証協会の枠を「使い切らない」戦略

保証協会の保証枠は財務内容に応じて決まりますが、重要なのは枠の上限まで借りることを目標にしないことです。保証枠は業績悪化時にも使える「最後の調達余力」。平時にプロパー融資への移行を進めて枠を空けておくことが、危機対応力そのものです。「保証協会の枠がいっぱいです」と言われた状態は、すでに黄信号と認識してください。

6-3. 制度融資・補助金との組み合わせ

自治体の制度融資は保証料・利子の補給があり表面コストが最も低い一方、三者(自治体・保証協会・銀行)が関与するため1〜2ヶ月かかります。計画的な設備投資向けです。補助金は後払い(精算払い)が原則のため、補助金を見込んだ資金繰りには必ずつなぎ資金の手当てが必要──実務上の重要な落とし穴です。


7. ファクタリング・ビジネスローン──ノンバンク調達の使いどころと注意点

大型案件の入金3ヶ月前に資金が枯渇しかけた建設業F社の社長は、深夜にスマホで「即日 資金調達」と検索し、高手数料の業者と契約する寸前でした。売掛先が上場企業なら3社間ファクタリングで一桁前半の手数料で済む──その確認に必要だったのは、わずか10分です。

7-1. ファクタリングの仕組みと2社間・3社間の違い

ファクタリングは売掛債権の売却による資金化であり、借入ではないため決算書上の負債は増えません(ノンリコース契約の場合)。

2社間ファクタリング 3社間ファクタリング
売掛先への通知 不要 必要(取引先の承諾が要る)
手数料の目安 8〜18%程度 2〜9%程度
スピード 最短即日 1週間前後

注意すべきは、手数料が「売掛金の額面に対する率」である点です。入金サイト2ヶ月の売掛金を手数料10%で売却すると、年率換算では約60%に相当します。恒常的な資金調達手段ではなく、橋を渡るための一時的な道具です。使う前に必ず、(1)3社間にできないか、(2)銀行の当座貸越や短期融資で代替できないか、を検討してください。

7-2. 銀行融資への影響──「バレるのか」問題

経営者から最も多く受ける質問です。実務的な答えは次のとおりです。

  • 2社間でも、売掛金残高の不自然な減少や通帳の入出金から銀行は推測できます。隠し通せる前提で使うべきではありません。
  • 一時的な大型案件のつなぎとして合理的に説明できれば、致命傷にはなりません。恒常的な利用は「銀行から借りられない会社」のシグナルとなり、格付けに響きます。
  • 聞かれる前に自分から説明する──ここでもデットIRの原則が当てはまります。

7-3. ビジネスローン・ABLの位置づけ

ノンバンクのビジネスローンは即日性が魅力ですが、年率十数%に達するものもあり、常用すれば確実に収益を蝕みます。使うなら「30日以内に返す前提のブリッジ」に限定すべきです。在庫や設備を担保にするABL(動産担保融資)は、不動産担保のない会社には検討価値があります。


8. 資金繰り管理の技術──資金繰り表が会社を救う

「黒字なのに、なぜお金がないんだ」──小売業G社の社長のこの一言の原因は、在庫の積み増しと回収サイトの長期化でした。会社を倒すのは赤字ではなく現金の枯渇です。導入したのはエクセルの資金繰り表1枚。3ヶ月後、社長は「初めて3ヶ月先の現金残高が見える。夜眠れるようになった」と言いました。

8-1. 資金繰り表の基本構造

資金繰り表は「経常収支」「経常外収支(設備投資など)」「財務収支(借入・返済)」の3区分で月次の現金の動きを追う表です。最低6ヶ月先、できれば12ヶ月先まで作成します。ポイントは精緻さよりも毎月更新し続けること。予測と実績のズレを毎月検証するうちに、自社の現金の癖が体に入ります。

8-2. 資金繰りを改善する3つのレバー

  1. 入金を早く:回収サイトの短縮交渉、前受金・着手金の導入、請求業務の即日化
  2. 出金を遅く:支払サイトの交渉、法人カード活用による実質的な支払い繰り延べ(最大2ヶ月程度)
  3. 水位を上げる:現預金月商2ヶ月分の確保、当座貸越枠の設定、借入の長期化・短期継続融資への組み替え

8-3. 危険水域のシグナル

次の状態が一つでも当てはまったら、資金調達の行動を「今日」始めてください。銀行融資は申込から実行まで2週間〜1ヶ月かかります。

  • 3ヶ月以内に現預金が月商0.5ヶ月分を割り込む予測
  • 税金・社会保険料の支払いを遅らせる検討を始めた(延滞は融資審査の致命傷です)
  • 役員個人の資金を会社に入れ始めた

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9. IPOを見据えた資本政策──デットとエクイティの最適バランス

東証グロース上場の審査対応で主幹事証券から指摘されたのは、事業計画ではなく創業期の「経営者個人と会社の貸し借り」の整理でした。資金調達を始めるその日から「いつか審査で説明できるか」という目線で借りる──これが後の何百時間もの手戻りを防ぎます。

9-1. デットとエクイティの使い分け原則

  • 不確実性の高い投資(研究開発、新規事業)→ エクイティ:返済義務がなく、失敗を許容できる
  • キャッシュフローが読める資金需要(運転資金、設備)→ デット:希薄化ゼロで、コストは株式の期待リターンより遥かに安い

成長企業の調達は「エクイティ一辺倒」になりがちですが、希薄化という高い代償を伴います。近年はベンチャーデットの選択肢も広がり、エクイティラウンドの間をデットでつなぐ設計は標準的手法になりつつあります。

9-2. 上場審査で問われる借入関連の論点

  1. 関連当事者取引の解消:役員からの借入・役員への貸付、経営者保証は原則すべて整理
  2. 財務制限条項(コベナンツ):上場後の機動性を縛る条項がないかの精査
  3. 資金使途の説明可能性:過去の大型借入の使途と効果を合理的に説明できるか

10. よくある質問(FAQ)

Q1. 創業したばかりで実績がありません。どこから借りるべきですか?

A. 日本政策金融公庫の創業融資が第一選択です。自己資金の準備状況と創業計画書の質が審査の中心です。公庫で返済実績を作った後、民間銀行の保証付き融資へ広げるのが王道です。

Q2. 赤字決算でも融資は受けられますか?

A. 可能性はあります。鍵は「赤字の理由」です。一時的要因(特別損失、先行投資)を定量的に説明でき、現預金とキャッシュフローに余力があれば、銀行は前向きに検討します。2期連続の経常赤字は要注意先転落の典型のため、その前に手を打つことが重要です。

Q3. 銀行から求められる前に、決算書をこちらから送るべきですか?

A. 送るべきです。求められる前の情報開示は定性評価を大きく引き上げます。決算書一式に、A4で1〜2枚の決算サマリー(増減要因と今期見通し)を添えると効果的です。

Q4. ファクタリングを使うと銀行融資が受けられなくなりますか?

A. 一律にそうはなりません。一時的・合理的な利用で、銀行に自ら説明できる状態なら致命傷にはなりません。恒常的な利用は資金繰り悪化のシグナルとして格付けに悪影響を与えます。

Q5. 経営者保証は本当に外せますか?

A. 外せます。法人と個人の分離、財務基盤、情報開示の3要件を満たすことが条件で、これは格付け改善の取り組みとほぼ重なります。既存融資も借り換えのタイミングで交渉可能です。

Q6. 顧問税理士に任せておけば十分ではないですか?

A. 税理士の本業は税務であり、銀行側の評価ロジックや交渉実務は専門外であることが少なくありません。「税務の専門家」と「銀行からの見られ方の専門家」は別と考え、決算書を金融機関目線で点検する機会を持つことをおすすめします。


各テーマをさらに深掘りする(関連記事)

本ガイドの主要テーマは、それぞれ独立した実務記事で詳しく解説しています。自社の課題に近いものからお読みください。

まとめ──資金調達は「技術」である

  1. 融資の条件は、銀行内部の格付けと債務者区分で決まる。決算書の整理と情報開示で、格付けは自ら動かせる。
  2. 借りられるときに借り、保証枠は温存し、調達手段は分散する。危機が来てからの調達は、常に高くつく。
  3. 資金繰り表と決算説明資料という2枚の紙が、金利を下げ、経営者保証を外し、夜の眠りを取り戻す。

資金調達は、生まれ持った信用や運ではなく、学べば誰でも再現できる「技術」です。

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著者プロフィール

岸 泰裕(きし・やすひろ)
早稲田大学大学院にてMBA(金融工学専攻)取得。外資系金融機関(日興シティ・スタンダードチャータード銀行等)を経て、東証上場企業の財務部長・財務責任者を歴任。アルテリア・ネットワークスでは財務担当部長代理として480億円のシンジケートローン組成、R&IのA-格付けの取得を主導。その後、財務・IR責任者として東証グロース市場への上場(2025年3月)に財務・IR担当として関与。現在はイグニションポイント株式会社にて財務担当マネージャーとして上場準備・デットIR・リスク管理を担当。2014年より明治大学リバティアカデミー講師。投資関連の著書3冊(うち1冊重版)。近著『日本株「配当×株主優待」で生活費消し込み投資』(ART NEXT)。

著者

岸 泰裕(きし やすひろ)

早稲田大学大学院金融工学MBA取得。元外資系バンカー。財務・IR・ガバナンス・ESG専門。著書3冊、累計調達額480億円、明治大学リバティアカデミー講師(2014年〜)。

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