キャッシュフロー計算書の読み方——「黒字倒産」はなぜ起きるのか【第1章第4節】

第3節では、貸借対照表を通じて「今、何を持っているか」を見る方法をお伝えしました。財務三表もいよいよ最後の一角、キャッシュフロー計算書です。第1節で少し触れましたが、この表を軽く見て済ませてしまう個人投資家は少なくありません。損益計算書ほど有名でもなく、貸借対照表ほど図式化しやすくもないからです。ですが、結論から申し上げます。私が財務の現場で最後まで信頼していたのは、実はこの表でした。利益はある程度、会計上の判断で動かせます。しかし現金は、動かしようがありません。この節では、その「ごまかしのきかない数字」の読み方を、じっくりお伝えします。

「黒字なのに倒産」はなぜ起きるのか

第1節で「黒字倒産」という言葉に触れました。ここでもう一段、具体的に掘り下げます。ある会社が、商品を100万円分売ったとします。損益計算書のうえでは、この瞬間に100万円の売上が計上されます。ところが実際の入金は、契約条件次第で2か月後、3か月後になることが珍しくありません。この「売ったけれどまだ受け取っていないお金」を、会計の世界では「売掛金(うりかけきん)」と呼びます。

売掛金がどれだけ積み上がっていても、損益計算書の利益は減りません。帳簿の上では、会社は儲かり続けているように見えます。しかし手元の銀行口座を見れば、給料や家賃の支払いに使える現金はまったく増えていない、ということが起こり得ます。仕入れや人件費の支払いは待ってくれないのに、売上の入金だけが先延ばしになる。この「時間差」がある一定の限度を超えたとき、帳簿上は黒字でも、支払いができずに会社は倒産します。これが黒字倒産の正体です。損益計算書だけを見ていては、この危険信号に気づけません。

キャッシュフロー計算書は「3つの財布」でできている

キャッシュフロー計算書は、一年間の現金の出入りを、性質の異なる3つの区分に分けて記録します。私はよく、これを「3つの財布」にたとえて説明しています。それぞれ見ている目的がまったく違うので、混同しないことが大切です。

1つ目は「営業活動によるキャッシュフロー」。本業そのもので稼いだ現金です。商品を売って現金を受け取り、仕入れや給料を現金で払う——この日々の商売のやり取りから、実際にどれだけ現金が残ったかを示します。2つ目は「投資活動によるキャッシュフロー」。工場や設備、他社の株式など、将来のために何にお金を使ったか、あるいは何を売って現金化したかを表します。3つ目は「財務活動によるキャッシュフロー」。銀行からの借入や返済、株主への配当の支払いなど、会社の外部との資金のやり取りを示します。この3つを順番に見ていくことで、会社が「どこからお金を得て、どこに使っているのか」という、お金の流れ全体が立体的に見えてきます。

営業キャッシュフロー——ここがプラスでなければ話にならない

3つの中で、投資家がもっとも注目すべきは営業キャッシュフローです。理由は単純で、これが本業の現金創出力そのものを表すからです。トヨタが車を売り、マクドナルドがハンバーガーを売る——その本業の商売から、実際に現金がきちんと残っているかどうかを、この数字が教えてくれます。

健全な会社であれば、営業キャッシュフローは基本的にプラスです。むしろ、ここがマイナスの状態が何期も続いているようであれば、それは黄色信号どころか赤信号だと考えてください。本業で現金を稼げていないということは、外部からの借入や、これまで貯めてきた現金を取り崩して事業を回している、ということだからです。損益計算書の営業利益が黒字なのに、営業キャッシュフローだけがマイナスという会社を見かけたら、なぜそうなっているのか、売掛金が異常に膨らんでいないか、在庫が過剰に積み上がっていないかを、必ず確認する癖をつけてください。

私が財務の現場で見てきた実感として、損益計算書の営業利益は黒字なのに、営業キャッシュフローが慢性的にマイナスという会社は、決して珍しくありません。決算書の見出しの数字だけを見れば、順調に成長している優良企業に見えます。ところが中身を調べると、売った商品の代金の回収が遅れていたり、在庫が積み上がっていたりして、帳簿上の利益とは裏腹に、手元の現金は目減りし続けているケースが少なくないのです。こうした会社は、金融機関からの借入でその場をしのいでいることが多いのですが、それは根本的な解決にはなっていません。営業キャッシュフローという「本業の現金創出力」を確認する習慣がなければ、こうした会社を「儲かっている優良企業」と誤解してしまいます。

投資キャッシュフロー——マイナスが「良いマイナス」であることも多い

投資キャッシュフローは、営業キャッシュフローとは少し見方が異なります。ここは、多くの会社で基本的にマイナスになります。工場を新設したり、新しい設備を導入したり、システムに投資したりすれば、当然お金は出ていくからです。ですから「投資キャッシュフローがマイナス=悪い会社」と単純に判断するのは誤りです。

むしろ、成長を続けている会社ほど、将来のために積極的に投資をするので、投資キャッシュフローのマイナス幅は大きくなる傾向があります。ここで大切なのは、金額の大小そのものより、「営業キャッシュフローで稼いだ範囲内での投資になっているか」という視点です。本業でしっかり現金を稼ぎながら、その一部を将来への投資に回している会社は、健全な成長企業だと言えます。逆に、本業の稼ぎをはるかに超える投資を、借入に頼って続けている会社は、その投資が実を結ばなかったときのダメージが大きくなります。

財務キャッシュフロー——会社の「素顔」が出やすい区分

財務キャッシュフローは、銀行や株主といった外部との、お金のやり取りを表します。借入をすればプラスに、返済をすればマイナスに動きます。株主への配当金の支払いや、自社の株を買い戻す「自社株買い」も、ここに現金の減少として現れます。

財務キャッシュフローがプラスということは、その期に借入や増資で新たに資金を調達した、という意味です。事業拡大のための前向きな調達であれば問題ありませんが、営業キャッシュフローのマイナスを穴埋めするための調達だとすれば、話は別です。反対に、財務キャッシュフローが大きくマイナスの会社は、借金をどんどん返済しているか、株主に手厚く還元しているか、そのどちらかです。どちらの理由でマイナスになっているのかを、営業キャッシュフローと突き合わせて確認する。この視点があるかどうかで、決算書から読み取れる情報の量は大きく変わってきます。

3つを組み合わせて見る——会社の「体質」が浮かび上がる

ここまで3つの区分を個別に説明してきましたが、本当の力を発揮するのは、3つを組み合わせて見たときです。それぞれのプラス・マイナスの組み合わせから、会社のおおよその体質が見えてきます。

もっとも健全なパターンは、営業がプラス、投資がマイナス、財務がマイナスという組み合わせです。本業でしっかり現金を稼ぎ(営業プラス)、その一部を将来のために投資し(投資マイナス)、余った現金で借金を返したり株主に還元したりしている(財務マイナス)状態です。これは、自分の稼ぎで生活し、将来への投資もこなしながら、着実に借金を減らしている家計と同じだと考えれば、イメージしやすいはずです。

注意が必要なのは、営業がマイナスで、財務がプラスという組み合わせが続いているケースです。本業で現金を稼げていないのに、借入でお金を集めて何とか会社を回している状態です。創業して間もないスタートアップであれば、まだ事業が軌道に乗っていないだけかもしれず、一概に危険とは言えません。しかし、創業から何年も経っている会社でこの状態が続いているなら、事業モデルそのものに問題を抱えている可能性を疑うべきです。

フリーキャッシュフロー——「自由に使えるお金」の正体

キャッシュフロー計算書を読めるようになると、もう一歩進んで理解しておきたい言葉があります。「フリーキャッシュフロー」です。これは、営業キャッシュフローから、事業を維持するために必要な投資キャッシュフローを差し引いた金額を指します。

この数字が意味するのは、「本業で稼いだ現金のうち、借金返済や株主還元、あるいは新規事業への投資など、経営者が自由に使い道を決められるお金がどれだけあるか」ということです。フリーキャッシュフローが潤沢な会社は、景気が悪化しても持ちこたえる体力があり、配当を増やしたり、有利な条件でM&Aを仕掛けたりする余地もあります。逆にフリーキャッシュフローが恒常的にマイナスの会社は、外部からの資金調達に頼らざるを得ず、金利が上昇する局面や、金融機関の融資姿勢が厳しくなる局面で、一気に苦しくなります。決算短信や有価証券報告書には「フリーキャッシュフロー」という項目名でそのまま書かれていないこともありますが、営業キャッシュフローと投資キャッシュフローの数字さえ分かれば、自分で足し算をするだけで計算できます。

なぜ営業キャッシュフローは利益より大きくなることが多いのか

実際に決算書を見比べると、多くの会社で「営業キャッシュフロー>利益」となっていることに気づくはずです。現金は出ていっていないはずなのに、なぜ利益より多く現金が残るのか。ここには「減価償却費(げんかしょうきゃくひ)」という項目が関係しています。

会社が工場や機械を購入したとき、その代金は購入した年に一括で費用にはなりません。会計のルールでは、その設備を使う期間(耐用年数)にわたって、少しずつ費用として計上していきます。この毎年少しずつ計上される費用が減価償却費です。ポイントは、この費用が計上される年には、実際にはもう現金は出ていっていない、ということです。設備の代金は購入した時点で既に支払い済みだからです。つまり損益計算書のうえでは利益を押し下げる費用として計上されているのに、その年に新たな現金の流出は伴いません。営業キャッシュフローを計算するときは、この減価償却費を利益に足し戻すことになっています。だからこそ、設備投資が多い製造業などでは、営業キャッシュフローが利益を上回るのがむしろ通常の姿になるのです。この関係を知っておくだけで、「なぜ利益とキャッシュフローの数字がずれるのか」という初心者がつまずきやすい疑問の多くが解消します。

初心者は、まず「営業キャッシュフローの符号」だけ見る

ここまで細かい話をしてきましたが、最初から3つの区分すべてを完璧に読み解こうとする必要はありません。重要なのは、いきなり完璧を目指さないことです。

初心者がまず確認すべきは、たった一点です。「営業キャッシュフローが、プラスかマイナスか」。これだけです。過去3期から5期ほどさかのぼって、営業キャッシュフローがずっとプラスで安定しているか、それとも赤字と黒字を行ったり来たりしているか、あるいは慢性的にマイナスかを見るだけで、その会社の本業の実力について、かなりのことが分かります。証券会社のアプリや会社四季報でも、キャッシュフローの推移は数値としてまとめて掲載されていることが多いので、まずはそこに目を通す習慣をつけてみてください。細かい区分の意味は、この習慣を続けるうちに、自然と身についていきます。

数字だけでは分からないこともある

ここで一つ、公平のためにお伝えしておきます。キャッシュフロー計算書は非常に強力な道具ですが、これだけで会社のすべてが分かるわけではありません。営業キャッシュフローが一時的にマイナスでも、それが大型の新規契約に伴う先行投資による一時的な現象であれば、必ずしも悪い兆候とは限りません。数字の裏にある背景を、決算説明資料やニュースリリースと合わせて確認する姿勢は、常に忘れないでください。

まとめ——「利益は意見、現金は事実」を体で覚える

この節の要点を整理します。キャッシュフロー計算書は、営業・投資・財務という3つの区分から、会社の現金の出入りを映し出す表です。もっとも重視すべきは営業キャッシュフローで、これがプラスで安定しているかどうかが、本業の現金創出力を測る出発点になります。3つの区分の組み合わせから、会社が今どんな体質にあるのかが見えてきます。そして、フリーキャッシュフローという指標を使えば、その会社がどれだけ自由に使えるお金を持っているかも把握できます。

損益計算書、貸借対照表、そしてこのキャッシュフロー計算書。財務三表を一通り学んだことで、あなたは会社を「儲け」「財産」「現金」という3つの角度から眺める目を手に入れました。次の第5節では、この3つの表がどのようにつながり合っているのかを、あらためて一つの図として整理します。個別の表の読み方から、会社全体を立体的に捉える視点へ——いよいよ財務諸表の学びも仕上げの段階に入ります。

よくある質問(FAQ)

Q. 営業キャッシュフローがマイナスの会社は、必ず投資を避けるべきですか?

一概にそうとは言えません。創業間もないスタートアップや、事業拡大の過程で一時的に先行投資がかさんでいる会社では、営業キャッシュフローが一時的にマイナスになることがあります。大切なのは「なぜマイナスなのか」という理由と、「何期も続いているのか、一時的なのか」という継続性です。過去数期分の推移を確認し、改善の兆しがあるかどうかを見極める姿勢が欠かせません。

Q. フリーキャッシュフローは、どこを見れば分かりますか?

決算短信や有価証券報告書のキャッシュフロー計算書に、営業活動によるキャッシュフローと投資活動によるキャッシュフローの金額が記載されています。この2つを足し算するだけで計算できます(投資活動によるキャッシュフローは通常マイナスの符号で表示されているため、そのまま足し合わせれば大丈夫です)。証券会社のサイトや会社四季報でも、フリーキャッシュフローとしてまとめて掲載されている場合があります。

Q. 損益計算書の利益とキャッシュフローが違うのは、粉飾決算のサインですか?

いいえ、利益とキャッシュフローに差があること自体は、ごく普通のことです。売上を計上するタイミングと、実際に現金を受け取るタイミングがずれるのは、通常の商取引では当たり前に起こります。問題視すべきは、その差が特定の期だけ異常に大きい場合や、何期にもわたって差が拡大し続けている場合です。単発の差に驚くのではなく、複数期の推移を見て、違和感のある動きがないかを確認する習慣を持ってください。

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著者プロフィール

岸 泰裕|早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了(金融工学MBA)。外資系金融機関を経て、上場企業で財務部長・財務責任者を歴任。480億円のシンジケートローン組成、R&IのA-格付取得を主導し、東証グロース市場への上場(2025年3月)に財務・IR担当として関与。現・イグニションポイント株式会社 財務担当マネージャー。明治大学リバティアカデミー講師。著書3冊。近著『日本株「配当×株主優待」で生活費消し込み投資』(ART NEXT)。詳しい経歴はプロフィールをご覧ください。

著者

岸 泰裕(きし やすひろ)

早稲田大学大学院金融工学MBA取得。元外資系バンカー。財務・IR・ガバナンス・ESG専門。著書3冊、累計調達額480億円、明治大学リバティアカデミー講師(2014年〜)。

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