銀行格付けは、決算前90日の行動で自分で上げられます。必要なのは追加の利益ではなく、銀行側の採点ロジックを知り、減点されている箇所を先に消すことです。
筆者は東証上場企業の財務責任者として、格付機関R&IからA-格を取得するプロジェクトを主導しました。格付機関も銀行も、評価の構造は同じです。本記事では、スタートアップ・ベンチャーが銀行格付けを上げるための実務手順を、効果の出る速さの順に7つ解説します。
1. 銀行格付けの仕組みを30秒で理解する
銀行は全融資先に内部格付け(スコアリング)をつけ、その点数で融資の可否・金利・保証の要否を決めています。配点の7〜8割は決算書から機械的に算出される定量評価、残り2〜3割が経営者の資質や情報開示姿勢などの定性評価です。つまり格付け対策の主戦場は決算書であり、社長の熱意や人間関係は補助輪にすぎません。仕組みの全体像は資金調達 完全ガイドの第3章で詳しく解説しています。
2. 格付けを上げる7つの手順(効果の出る順)
手順1: 役員貸付金を解消する(即効性・最優先)
銀行は役員貸付金を「回収不能・公私混同のシグナル」とみなし、実態バランスシート上でほぼ全額を資産から控除します。帳簿が資産超過でも、この控除で実質債務超過と判定されれば格付けは底に落ちます。役員報酬との相殺などで計画的に解消し、全額が無理でも「解消計画と初年度の実績」を銀行に示してください。それだけで評価は動きます。
手順2: 仮払金・立替金を精算する
内容不明の仮払金は全額減額対象です。決算までに精算し、できれば科目ごと決算書から消してください。手間は半日、効果は確実です。
手順3: 減価償却を満額実施する
利益を出すために償却を止めるのは最悪手です。銀行は償却不足を利益から差し引いて再計算するため黒字化の効果はゼロで、「数字を作る会社」という定性評価の毀損だけが残ります。赤字でも満額償却し、理由を説明するほうが評価は上です。
手順4: 不良在庫・滞留売掛金を整理する
月商対比で異常な在庫、6ヶ月超の滞留債権は減額対象です。決算前の処分・貸倒処理で、実態BSとの乖離を自ら埋めておきます。
手順5: 債務償還年数を10年以内に収める
債務償還年数(有利子負債÷キャッシュフロー)は銀行が最重視する指標で、10年以内が分水嶺です。遊休資産の売却による繰上返済で分子を減らすか、役員報酬の適正化で分母を増やします。詳細は銀行スコアリングの解説記事をご覧ください。
手順6: 過度な節税をやめる
「税金を減らす決算書」と「銀行評価が上がる決算書」は逆方向を向くことがあります。借入依存度の高い会社ほど、税金を払って自己資本を積むフェーズが必要です。この方針は顧問税理士と必ず共有してください。
手順7: 決算説明資料を提出する(定性評価)
決算確定後45日以内に、増減要因・今期見通し・返済計画をA4で1〜2枚にまとめ、求められる前に全取引行へ提出します。作っているスタートアップ・ベンチャーは1割もありませんが、融資担当者の稟議書作成を肩代わりするこの1枚が、定性評価を最も効率よく引き上げます。
3. やってはいけない3つのこと
①償却停止や在庫の水増しなどの「化粧」(必ず見抜かれ、信頼だけ失います)。②決算直前の駆け込み借入による期末残高の膨張。③悪い情報を隠すこと──計画未達は対策とセットで自分から報告するほうが、定性評価はむしろ上がります。
4. よくある質問
Q1. 格付けを上げると具体的に何が変わりますか?
A. 新規融資の通りやすさ、金利、保証(経営者保証・保証協会)の要否が変わります。経営者保証の解除要件は格付け改善の取り組みとほぼ同一のため、同時に達成できます。
Q2. どのくらいの期間で効果が出ますか?
A. 役員貸付金や仮払金の整理は次の決算で即反映されます。自己資本比率など蓄積型の指標は2〜3期かかります。だからこそ「決算前90日」からの着手が重要です。
Q3. 自社の今の格付けを知る方法はありますか?
A. 銀行は教えてくれませんが、決算書から高い精度で推定できます。信用格付の確認方法で手順を解説しています。
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▶ 関連記事:まず自社の格付けを確認する/銀行スコアリングの仕組みを理解する
5. 業種別・格付け改善の優先順位の違い
7つの手順は共通ですが、業種によって「最も効く手順」は変わります。在庫・設備を多く抱える製造業・卸小売業では手順4(不良在庫・滞留売掛金の整理)の効果が特に大きく、資産圧縮によって自己資本比率と債務償還年数の両方が同時に改善します。一方、無形資産中心のIT・サービス業では、資産の大きさより利益の質が重視されるため、手順6(過度な節税の是正)と手順7(決算説明資料の提出)による定性評価の底上げが優先度が高くなります。自社がどちらのタイプに近いかを踏まえて、7つの手順の中で最初に着手する項目を選んでください。
6. メインバンク以外との関係もあわせて整える
格付け改善の効果を最大化するには、メインバンク1行だけでなく、取引のある全行に同じ情報を同時に提供することが重要です。1行にだけ決算説明資料を渡し、他行には何もしないと、渡していない銀行では旧い評価のまま据え置かれ、いざという時に頼れる選択肢が狭まります。決算確定後は、全取引行に同じ資料・同じタイミングで送付する運用を徹底してください。これは新規に取引を始めたい銀行を開拓する際の「実績」としても使えます。
7. 格付け改善の効果を「保証」の面でも確認する
格付けが上がると、経営者保証の見直し交渉がしやすくなります。経営者保証ガイドラインでは、法人と経営者個人の資産の分離、財務基盤の強化(本記事の7つの手順そのもの)、適時適切な情報開示の3点が、保証解除の判断材料とされています。つまり格付け改善の取り組みは、そのまま経営者保証解除の交渉材料になります。格付け改善に着手する際は、あわせて「保証解除も視野に入れている」ことを銀行担当者に伝えておくと、交渉の道筋が早い段階から明確になります。
著者プロフィール
岸 泰裕|早稲田大学大学院MBA(金融工学)。外資系金融機関を経て、東証上場企業の財務部長・財務責任者を歴任。480億円のシンジケートローン組成、R&IのA-格付取得を主導し、東証グロース市場への上場(2025年3月)に財務・IR担当として関与。現イグニションポイント株式会社 財務担当マネージャー。明治大学リバティアカデミー講師。著書3冊。近著『日本株「配当×株主優待」で生活費消し込み投資』(ART NEXT)。
著者
岸 泰裕(きし やすひろ)
早稲田大学大学院金融工学MBA取得。元外資系バンカー。財務・IR・ガバナンス・ESG専門。著書3冊、累計調達額480億円、明治大学リバティアカデミー講師(2014年〜)。