岸泰裕です。
「有事の円買い」
かつて、世界で何か問題が起きると、安全資産として日本円が買われる時代がありました。
しかし、今回の米伊衝突のニュースを受けて、為替市場はどう動いたでしょうか?
円は買われるどころか、猛烈な勢いで売られ、ドルやスイスフラン、そしてゴールドへと資金が逃避しています。
「有事の円買い」という昭和の化石のような常識は、完全に息絶えました。
市場は明確に「日本円は、有事において最も持っていたくないリスク通貨である」と烙印を押したのです。
今回は、中東の戦火が引き起こす「原油高×円安」の最悪のコンボと、日銀が手も足も出せない「スタグフレーション」という地獄について解説します。

1. 最悪の劇薬「原油高×円安」
ホルムズ海峡の封鎖リスクにより、原油価格は1バレル100ドル、あるいはそれ以上の水準へと跳ね上がります。
日本はエネルギーのほぼ100%を輸入に頼る国です。原油が上がれば、ガソリン、電気代、物流費、そしてプラスチックから食品パッケージに至るまで、すべての物価が強制的に引き上げられます。
通貨が弱い国の悲劇
これがもし「円高」であれば、輸入コストの上昇をある程度は吸収できました。
しかし現実は、強烈な「円安」です。
ドル建てでただでさえ高騰している原油を、価値の下がったペラペラの日本円で買わなければならない。
これは、掛け算で国民の財布を破壊する「コストプッシュ・インフレ」の極みです。
給料は上がらないのに、生活必需品の価格だけが10%、20%と上がっていく。
景気後退と物価上昇が同時に襲いかかる「スタグフレーション」。日本経済は今、この最も脱出が困難な「死の谷」へと突き落とされました。
2. 「詰み」状態の日本銀行
「物価が上がるなら、中央銀行が金利を上げればいい」
経済の教科書にはそう書いてあります。アメリカ(FRB)はそうやってインフレをねじ伏せました。
では、日銀はなぜ金利を大幅に上げられないのでしょうか?
答えは簡単です。「金利を上げれば、国と企業と国民が自己破産するから」です。
- 国:1200兆円の借金を抱える政府は、金利が1%上がるだけで数兆円の利払い費が増加し、財政が破綻します。
- 企業:ゼロ金利の恩恵で生き延びてきたゾンビ企業(中小企業の多く)は、資金繰りがショートして倒産ラッシュとなります。
- 国民:変動金利で身の丈に合わない住宅ローンを組んだ人々が、返済不能に陥り、家を手放すことになります。
金利を上げれば経済が死ぬ。金利を上げなければ円安が進み、インフレで国民生活が死ぬ。
日銀は完全に「詰み」の盤面を突きつけられているのです。外国人投資家はそれを見透かしているからこそ、容赦なく円を売り浴びせています。
3. 「円建ての預金」という最も危険なポジション
この状況下で、最も愚かで危険な投資行動は何でしょうか?
それは「資産をすべて日本円の現金(銀行預金)で持っておくこと」です。
銀行に1000万円預けていても、物価が20%上がれば、その1000万円で買えるモノの価値は800万円分に目減りします。
金利がつかない銀行口座は、インフレという見えない税金によって資産が溶けていく「穴の空いた金庫」です。
結論:国家の沈没から「資産」を切り離せ
国があなたを守ってくれる時代は終わりました。
日本円というローカル通貨と、心中する必要はありません。
資産のフライト(逃避)を急いでください。
米ドル、ゴールド、あるいは優良なグローバル企業の株式。
日本政府がコントロールできない、グローバルで価値が担保される資産へとポートフォリオを移行させるのです。
「有事」は、あなたの金融リテラシーを測る残酷なテストです。
このテストに合格した者だけが、スタグフレーションの死の谷を越えて、次の時代を生き抜くことができます。
参考・公式資料
「「米イラン戦争」シナリオと日本経済——エネルギー・円・市場への影響試算」
「米国とイランの軍事衝突は「空想のシナリオ」ではありません。2020年のソレイマニ司令官暗殺、2019年のタンカー攻撃事件、核合意(JCPOA)をめぐる対立——米イラン関係は「冷戦状態」が続いており、いつでも「熱戦」に転化するリスクを孕んでいます。この地政学リスクが顕在化した場合、日本経済・円・株式市場に何が起きるかを冷静に分析します。
「「ホルムズ海峡封鎖リスク」——日本への直撃ルート」
「米イラン軍事衝突の最も深刻なシナリオは「イランによるホルムズ海峡の機雷敷設・封鎖」です。イランはこの海峡を「ヘッジ」として保有しており、追い詰められた場合に使用する可能性があります。日本の原油輸入の約90%は中東産、その大半がホルムズ海峡を通過します。
- 「原油価格の急騰」——封鎖期間が1ヶ月を超えた場合、WTI原油は200ドル超を試す可能性。1973年のオイルショック(約4倍の値上がり)を参考にすると、現在の原油価格(70〜80ドル/バレル)が200〜300ドルに跳ね上がるシナリオも排除できない
- 「ガソリン・電気・ガス料金の急騰」——エネルギーコストの上昇が全産業に波及し、インフレが加速する
- 「サプライチェーンの寸断」——中東製品の輸送に依存する製造業で部材不足が発生
「「円安スタグフレーション」シナリオ——最悪の組み合わせ」
「米イラン衝突によるエネルギーショックは「スタグフレーション(インフレ+景気後退の同時発生)」という「最も対処が難しい経済状況」を引き起こすリスクがあります。
「スタグフレーションが日本で起きるメカニズム:
- 「エネルギー輸入コスト急増→貿易赤字拡大→円安加速」——エネルギーを多量に輸入する日本は、原油高騰で経常収支が悪化し、円安圧力が高まる
- 「円安→輸入物価上昇→インフレ加速」——エネルギーだけでなく、食料・原材料の輸入コストも上昇する
- 「企業コスト増→生産縮小・雇用調整」——製造業・運輸・航空等のエネルギー集約型産業が打撃を受ける
- 「インフレが続いても景気は後退」——実質賃金が低下し、個人消費が縮小するが、コスト高でインフレは継続するという悪循環
「「円が紙くずになる」リスクをどう評価するか」
「「円が紙くずになる」という極論はさすがに大げさですが、「円の実質購買力が大幅に低下するシナリオ」は現実的に検討する価値があります。日本円の購買力は1990年代以降、長期にわたって低下してきました。
「「円の購買力低下リスク」への個人の対応策:
- 「外貨資産の保有」——米ドル・ユーロ建ての資産(米国株・外国債券・外貨預金)を一定比率保有することで、円安リスクをヘッジ
- 「実物資産への投資」——金(ゴールド)・不動産・原材料系コモディティは「通貨価値の低下」に対してある程度の耐性を持つ
- 「エネルギー関連株の保有」——エネルギー価格上昇時に恩恵を受ける「天然のヘッジ資産」として機能
「「最悪シナリオ」への備えと「過度な悲観」を避けるバランス」
「米イラン戦争シナリオへの備えは必要ですが「過度な悲観論に基づく極端なポジション変更」は危険です。「最悪のシナリオ」が常に実現するわけではなく、外交的解決・代替ルートの活用・石油備蓄の取り崩しという「緩和要因」も存在します。
「長期投資家としての正しい姿勢:
- 「「ブラックスワン事象」への備えとして、ポートフォリオの5〜10%をゴールド・コモディティに配分する」
- 「「有事に強いセクター(エネルギー・防衛・食料)」を一定比率保有する」
- 「生活費の6〜12ヶ月分の「緊急資金」を現金で確保する」
「地政学リスクという「コントロールできない外部要因」に振り回されるのではなく、「コントロールできるもの(自分のポートフォリオ・支出・学習)」に集中することが、不確実な時代を生き抜く長期投資家の本質的な姿勢です。「最悪のシナリオに備えながら、最善のシナリオに向けて動く」——この両面思考が、不確実な時代の知的な生存戦略です。」
「「地政学リスク時代の個人投資家」——「不安を仕事にしない」という覚悟」
「米イラン衝突シナリオ・台湾有事・北朝鮮リスク——地政学的な不安要因を列挙し始めれば切りがありません。しかし「地政学リスクを分析し続けるだけで、何も行動しない」という状態は「最も非生産的な選択」です。「リスクを認識した上で、取れる範囲の対策を取り、あとは長期の視点を維持する」という姿勢が、不確実な時代の長期投資家に求められます。「スタグフレーションに完全に備えることは不可能」ですが「ある程度の外貨資産・実物資産・エネルギー関連株を保有することで、最悪シナリオへの耐性を高める」ことは今すぐできます。「100%の安全」を追い求めるのではなく「十分な準備をした上で前に進む勇気」が、不確実な時代を生き抜く投資家の最大の武器です。」
「「地政学リスク」の長期的な視点——「恐怖と機会」の両側面」
「米イランの緊張・台湾有事・ウクライナ問題——地政学リスクは「なくなる」ことなく形を変えながら継続します。しかし長期の株式市場の歴史を見れば「戦争・危機・パンデミック・金融ショック」を経ながらも、株式市場は長期的に右肩上がりで成長してきました。「地政学リスクがあっても経済は成長し続ける」——これが100年以上の市場データが示す「歴史の教訓」です。個人投資家として地政学リスクから学ぶべき最大の教訓は「最悪のシナリオに備えながら・長期の成長への信頼を維持する」という「二重の視点」を持つことです。「地政学リスクを理由に投資しない」という選択こそが、長期的に見て最大のリスクになり得ます。」
「「地政学リスク時代」に個人投資家が持つべき「ポートフォリオ哲学」」
「地政学リスクが常態化する時代に求められるポートフォリオの哲学は「完璧な分散で全てのリスクを排除する」ことではなく「取るべきリスクを意識的に選択し、取るべきでないリスクを排除する」という「意図的な設計」です。米イランの緊張・エネルギーリスク・円安スタグフレーションというシナリオを踏まえれば「ドル資産比率の引き上げ・エネルギー関連株の保有・ゴールドの一定アロケーション」という「地政学ヘッジ」の設計が現実的な対応になります。「不確実性を恐れず、不確実性を管理する」——この姿勢が、地政学リスクが高まる時代に「長期で資産を増やし続ける投資家」の本質的な差別化要因です。」
「「地政学リスク」という「コントロールできない外部環境」に過度に囚われることは、「コントロールできること(自分の支出管理・投資判断・スキル向上)」に使うべきエネルギーを奪います。「最悪に備えながら・最善を追求する」というバランス感覚が、不確実な時代を生き抜く長期投資家の本質的な姿勢です。円安スタグフレーションというシナリオを「知識として持つこと」と「毎日その心配をすること」は全く別のことです。「準備は万全に、思考は楽観的に」——このバランスが長期投資家の精神的健康を守ります。」
「「地政学リスク」を正確に理解し・冷静に対処し・長期視点を失わない投資家だけが、不確実な時代を「生き残り・成長する」ことができます。「最悪に備え・最善を追う」この二重の視点を忘れないことが、投資家としての成熟の証明です。」
「「不確実性の時代」こそ、長期投資の原則が輝きます。分散・継続・非課税枠活用——これらのシンプルな原則を守り続けることが、地政学リスクという嵐を乗り越える投資家の最強の武器です。」
著者
岸 泰裕(きし やすひろ)
早稲田大学大学院金融工学MBA取得。元外資系バンカー。財務・IR・ガバナンス・ESG専門。著書3冊、累計調達額480億円、明治大学リバティアカデミー講師(2014年〜)。