インフレで貯金が減る理由——お金の価値が「静かに消える」仕組み【第0章第1節】

「同じ100万円を貯金箱に入れておいても、10年後にはその100万円で買えるものが減っている」——そう聞くと、驚かれる方が多いかもしれません。しかしこれは大げさな話ではなく、インフレ(物価上昇)が続く限り、現実に起きていることです。この投資入門ガイドの出発点として、まず「なぜお金の価値が静かに減っていくのか」という仕組みから確認していきましょう。

値段が上がっている実感、ありませんか

スーパーでの買い物、ランチの外食、電気代——ここ数年で「前より高くなった」と感じる場面が増えていないでしょうか。これは気のせいではありません。日本では長らく物価がほとんど動かない時代が続いていましたが、近年は多くの品目で値上がりが続いています。私が外資系金融機関や上場企業の財務の現場で見てきた経験からも、企業の原材料費・エネルギーコストの上昇は、最終的に商品価格へと転嫁されていく構造になっています。この値上がりの正体こそが、インフレです。

インフレとは何か——難しく考えなくて大丈夫です

インフレを一言で言えば、「同じ金額で買えるモノやサービスの量が、少しずつ減っていく現象」のことです。逆から見れば、お金そのものの価値が目減りしていく、と言い換えることもできます。専門用語を使わずに説明すると、去年100円で買えていたジュースが、今年110円出さないと買えなくなったとしたら、それは10%のインフレが起きたということです。ジュース自体は何も変わっていないのに、同じ100円で買えるものが減った——これがインフレの本質です。

「静かに消える」という表現の意味

インフレの厄介なところは、株価の暴落のように、ある日突然大きな損失として目に見える形で現れるわけではない点です。銀行口座の残高は、100万円なら100万円のまま、数字自体は減りません。だからこそ多くの人が「貯金は安全だ」と感じてしまいます。しかし、その100万円で買えるものの量は、物価が上がるにつれて確実に減っていきます。数字は変わらないのに、価値だけが少しずつ削られていく——この見えにくさこそが、インフレを「静かに消える」仕組みと呼ぶ理由です。

身近な例で確認してみましょう

言葉だけでは実感がわきにくいと思いますので、具体的な数字で見てみます。仮に、物価が年2%ずつ上昇し続けたとします(実際の上昇率は年によって変動しますが、説明のための一例です)。この場合、今100万円で買えるものは、10年後には約82万円分の価値まで目減りする計算になります。20年後には約67万円分です。銀行口座の数字は100万円のままなのに、実際に買えるものの量は3分の2程度まで減ってしまう——これが複利的に進むインフレの怖さです。

銀行預金の金利では、追いつかない現実

「それなら、銀行に預けて金利をもらえば大丈夫では」と思われるかもしれません。ここが重要なポイントです。日本の普通預金金利は、長らく年0.001%前後という、ほぼゼロに近い水準が続いてきました。仮に物価が年2%上昇しているとすると、預金でもらえる金利は、物価上昇にまったく追いついていません。この「物価上昇率と金利の差」のことを、実質金利がマイナスの状態と呼びます。額面上の金額は増えても、実質的な購買力は目減りし続けている、というのが銀行預金だけに頼った場合の実態です。

なぜ今、この話をするのか

「投資は怖い」「損をするかもしれない」——そう感じる方の気持ちは、私もよく理解できます。その感覚自体は、決して間違っていません。ただし、ここで押さえておいていただきたいのは、「何もしないこと」もまた、無リスクではないという事実です。現金や預金だけで資産を持ち続けることは、値動きのリスクを避けている代わりに、インフレによって静かに価値が削られていくリスクを、そのまま受け入れていることになります。「安全に見えるものが、実は別の形でリスクを抱えている」——この視点を持つことが、資産形成の出発点になります。

インフレは悪者ではない、という視点

誤解のないようにお伝えしておきたいのですが、インフレそのものが常に悪いわけではありません。適度なインフレは、経済が健全に成長している証でもあり、多くの先進国が「年2%程度の緩やかなインフレ」を政策目標として掲げています。企業の売上や賃金も、インフレとともに緩やかに増えていくのが本来の姿です。問題なのは、資産の置き場所が現金・預金だけに偏っていて、この緩やかな物価上昇に対抗する手段を持てていない場合です。インフレを敵視するのではなく、「インフレとともに資産も育てる」という発想に切り替えることが大切です。

そもそも、なぜインフレは起きるのか

インフレが起きる理由は、大きく分けていくつかあります。一つは、景気が良くなり、モノを買いたい人が増えることで値段が上がる「需要が引っ張るタイプ」です。もう一つは、原材料費や輸送費、エネルギーコストが上がることで、企業がやむを得ず値上げをする「コストが押し上げるタイプ」です。近年の日本の物価上昇は、原油や穀物などの輸入コスト上昇、そして円安の影響を受けた「コストが押し上げるタイプ」の側面が大きいと言われています。原因を細かく覚える必要はありませんが、「モノの値段が上がる背景には、いくつかの理由がある」という感覚だけ持っておくと、日々のニュースの見方が変わってきます。

「実質金利」という考え方をもう少し詳しく

先ほど触れた「実質金利」について、もう少し具体的に見てみましょう。実質金利は、ざっくり言えば「銀行の金利からインフレ率を引いたもの」です。たとえば、預金金利が年0.01%で、物価上昇率が年2%だとすると、実質金利は0.01%から2%を引いて、およそマイナス1.99%になります。マイナスの実質金利とは、「金利をもらっているつもりでも、実質的にはお金の価値が毎年約2%ずつ減っている」ということを意味します。この数字を知っているかどうかで、「貯金だけで十分」という判断が本当に正しいのかどうか、見え方がまったく変わってきます。

資産運用は、インフレへの「備え」の一つ

株式や投資信託といった資産は、企業の成長や物価上昇にあわせて、長期的には価値が上がっていく傾向があります。もちろん、短期的には値下がりする局面もあり、絶対に損をしないと約束されているわけではありません。しかし、現金・預金という選択肢だけに資産を置き続けることも、インフレという別のリスクを抱え続けることになる——この構造を理解したうえで、両方のリスクを見比べて判断することが重要です。次の節では、こうした資産形成を考えるうえで避けて通れない「老後資金」というテーマを、具体的な数字とともに整理していきます。

まずできること

今日からできることは、難しいものではありません。まずは、自分が今どれくらいの資産を現金・預金の形で持っているのか、通帳やアプリで確認してみてください。そのうえで、「このお金は、10年後・20年後にどれくらいの価値になっているだろうか」と、一度立ち止まって考えてみる。この小さな気づきこそが、資産形成の第一歩になります。焦って何かを始める必要はありません。まずは現状を正しく知ることから始めてください。

よくある質問

Q. 今のインフレは一時的なもので、また物価が落ち着くのではありませんか?

A. 将来の物価動向を正確に予測することは、誰にもできません。ただし、日本を含む多くの国が「緩やかなインフレ」を政策目標として掲げていることを踏まえると、長期的には物価が上昇する前提で資産計画を立てておく方が、現実的な備えになります。

Q. インフレに強い資産と、弱い資産の違いは何ですか?

A. 一般的に、現金・預金はインフレに弱く、株式・不動産などの実物資産や、企業の成長を反映する資産は、長期的にはインフレに強いとされています。ただし値動きのリスクは伴うため、次の節以降で解説する分散や積立といった考え方とあわせて理解することが大切です。

Q. 投資が初めてでも、この話は理解できますか?

A. はい。このガイドは、投資の経験がまったくない方を対象に設計しています。専門用語が出てきた場合は、その都度やさしい言葉で言い換えながら解説していきますので、この第1節から順番に読み進めてください。

📚 投資入門ガイド — 第0章

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著者プロフィール

岸 泰裕|早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了(金融工学MBA)。外資系金融機関を経て、上場企業で財務部長・財務責任者を歴任。480億円のシンジケートローン組成、R&IのA-格付取得を主導し、東証グロース市場への上場(2025年3月)に財務・IR担当として関与。現・イグニションポイント株式会社 財務担当マネージャー。明治大学リバティアカデミー講師。著書3冊。近著『日本株「配当×株主優待」で生活費消し込み投資』(ART NEXT)。詳しい経歴はプロフィールをご覧ください。

著者

岸 泰裕(きし やすひろ)

早稲田大学大学院金融工学MBA取得。元外資系バンカー。財務・IR・ガバナンス・ESG専門。著書3冊、累計調達額480億円、明治大学リバティアカデミー講師(2014年〜)。

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