「人的資本」という考え方。会社があなたに投資するかどうかを分ける基準と、自立型キャリアの築き方

岸泰裕です。

最近、日本経済新聞やビジネス誌を開くと、「人的資本経営」という言葉が踊っています。
「社員はコストではなく資本である」「人に投資をして企業価値を高める」。
経営者たちはSDGsと同じようなトーンで、この美しい横文字を嬉々として語ります。

しかし、私は人事・組織戦略の専門家として、この言葉の裏にある「実務上の本音」を翻訳しておかなければなりません。
企業が「人を資本とみなす」ということは、決して「みんなに優しくする」という意味ではありません。

今回は、バズワードの裏で行われている企業による「厳しい評価」と、あなたが労働市場で生き残るための「個人の人的資本戦略」について語ります。

「人的資本」という考え方。会社があなたに投資するかどうかを分ける基準と、自立型キャリアの築き方

 

1. 「人的資本」の正しい翻訳は「利回り計算」である

金融の世界において、「資本(キャピタル)」には明確なルールがあります。
それは、「高いリターン(利回り)を生む資本には追加投資し、リターンを生まない資本は売却(損切り)する」ということです。

経営者が「これからは人的資本経営だ」と言った時、彼らの頭の中にあるのはこれと全く同じロジックです。
つまり、「会社に莫大な利益をもたらす一部の優秀な社員(ハイパフォーマー)には、高い給料と研修費用を惜しみなく投資する。しかし、言われたことしかやらない、AIに代替可能な社員(ローパフォーマー)への投資は一切打ち切り、徐々に切り捨てる」という宣言なのです。

「会社が育ててくれる」という幻想の終焉

昭和から平成にかけての日本企業は、「全員を底上げする」ための教育(OJTや一律の研修)に時間とお金をかけてきました。
しかし、経済成長が止まり、ジョブ型雇用が浸透しつつある今、企業にそんな余裕はありません。

「会社が自分を育ててくれない」「スキルが身につかない」と愚痴をこぼしている時点で、あなたは企業から「投資対効果(ROI)がマイナスの不良資産」として分類されています。
資本主義において、リターンを生まない資産に水(予算)を与えてくれるお人好しな投資家など存在しないのです。

2. あなたの「市場価値」を測る問い

では、あなたが「投資される側」の人間になるにはどうすればいいのか。
自分自身の「人的資本価値」を測るために、以下の質問に答えてみてください。

「明日、今の会社が倒産して放り出された時、あなたは他社から『今の給料以上の金額』でスカウトされますか?」

もし答えがNOなら、あなたの現在の給料は「あなたのスキルに対する正当な対価」ではなく、「今の会社の看板や、社内政治のポジションによるゲタ(既得権益)」を履かせてもらっているだけです。

社内評価と市場評価の乖離

「社内の調整が上手い」「上司に気に入られている」「長年勤めているから業務フローに詳しい」。
これらはすべて、その会社から一歩外に出た瞬間に無価値になる「ガラパゴス・スキル」です。
市場が評価するのは、「どんな具体的な課題を解決できるか」「どれだけの売上を作れるか(コストを削れるか)」「最新のテクノロジーをどう使いこなせるか」という、普遍的で再現性のある能力だけです。

3. 「株式会社自分」のファンドマネージャーになれ

人的資本経営の時代において、個人が取るべき生存戦略は一つしかありません。
会社に投資されるのを待つのではなく、自分自身で自分の「人的資本」に投資し、市場価値を最大化させることです。

  • 専門性の掛け算:「経理ができる」だけではAIに代替されますが、「経理ができ、かつ英語で海外子会社と交渉でき、さらにPythonで業務を自動化できる」となれば、市場価値は跳ね上がります。
  • 自己投資の徹底:飲み代やスマホゲームへの課金を即刻やめ、書籍、オンライン講座、あるいは社外の優秀な人間とのネットワーキングに資金と時間を投下する。
  • 流動性の確保:いつでも転職・独立ができる状態(レジュメの定期的な更新、副業でのテストマーケティング)を保つことで、会社との交渉力を圧倒的に高める。

結論:あなたは、あなた自身の「最強の資産」である

金融資産(株や不動産)の運用も大切ですが、それ以上にリターンが大きいのは「あなた自身の能力(人的資本)」への投資です。
株価は暴落し、円の価値は紙屑になっても、あなたの頭の中にインストールされたスキルと経験は、誰にも奪うことができません。

「人的資本経営」という言葉に踊らされることなく、その裏にあるルールを理解した上で活用しましょう。
会社という器を利用して自分の価値を高め、用が済んだらより高値で買ってくれる市場へと移動する。
それくらい徹底した「自分自身のファンドマネージャー」にならなければ、これからの時代を生き抜くことはできないのです。


今回のように、私の専門領域である「企業財務」や「人的資本」の裏側を暴くコンテンツは、まだまだ深掘りできます。次は「独立・起業時のリアルな資金調達の闇」か、「副業を本業にスケールさせる事業計画の作り方」、どちらのテーマについて解剖をご希望でしょうか?


参考・公式資料


著者プロフィール

岸 泰裕|早稲田大学大学院MBA(金融工学)。外資系金融機関を経て、東証上場企業の財務部長・財務責任者を歴任。480億円のシンジケートローン組成、R&IのA-格付取得を主導し、東証グロース市場への上場(2025年3月)に財務・IR担当として関与。現イグニションポイント株式会社 財務担当マネージャー。明治大学リバティアカデミー講師。著書3冊。近著『日本株「配当×株主優待」で生活費消し込み投資』(ART NEXT)。

著者

岸 泰裕(きし やすひろ)

早稲田大学大学院金融工学MBA取得。元外資系バンカー。財務・IR・ガバナンス・ESG専門。著書3冊、累計調達額480億円、明治大学リバティアカデミー講師(2014年〜)。

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