岸泰裕です。
2026年1月の毎月勤労統計で、実質賃金がプラスに転化しました。政府・メディアはこれを「デフレ脱却の証拠」「アベノミクスの成果」として大きく取り上げています。
しかし私は、この数字を見て素直に喜ぶ気にはなれません。なぜなら、「プラス転化」の足元で、4月以降の再悪化を示すリスク要因がすでに積み重なっているからです。
1. 「1月だけプラス」の統計マジックを見抜く
実質賃金がプラスになった主な要因は、①冬季賞与の押し上げ効果、②前年同月比の「比較対象が弱かった」こと、③一時的な物価上昇率の落ち着き——の三つです。
財務の世界でこれを言い換えれば、「一時的な特殊要因と低い前年ベースによる見かけ上の改善」です。本業の実力が上がったのではなく、比較対象が弱かっただけ。これを「実力の証拠」として提示するのは、IR(投資家向け広報)における「数字の飾り付け」と同じ構造です。
2. 4月以降に待ち受ける「実質賃金再悪化」のシナリオ
第一生命経済研究所のレポートが指摘しているように、原油価格の高騰が4月以降の実質賃金を再びマイナスに押し込むリスクは現実的です。
ホルムズ海峡封鎖による原油高が電気・ガス・ガソリン・食品価格を押し上げれば、消費者物価指数は再び上昇します。その時、名目賃金の伸びがインフレ率を下回れば、実質賃金はあっという間にマイナスに戻ります。
「プラス転化」というニュースに安堵して消費を拡大した直後に、生活費が再び膨らむ——これが最も危険なシナリオです。
3. 統計の「分母」と「分子」を常に問え
実質賃金の計算式はシンプルです。「名目賃金の変化率 ÷ 物価指数の変化率」です。
プラスになる方法は二つしかありません。「名目賃金が上がる」か「物価が下がる」かです。
今回のプラス転化は、デフレ的な「物価の落ち着き」による部分が大きく、力強い「賃金上昇」による部分は限定的です。これは「豊かになった」のではなく「苦しさが一時的に和らいだ」に過ぎません。
その違いを統計の中から読み取る力が、本物の経済リテラシーです。
結論:一つの統計数字で「安心」するな。常に「次の一手」を先読みせよ
「実質賃金プラス転化」というニュースで消費意欲が刺激され、家計の防衛意識が緩む——政府はそれを狙っているとさえ言えます。
賢い個人は、プラスのニュースの時こそ「次に来るマイナスへの備え」を強化します。
食品・光熱費の値上がりを前提とした家計の見直し。変動費の固定化(固定料金プランへの切り替え等)。そして緊急予備資金の確保。数字が良い今こそ、悪化したときへの準備を怠らないことが、経済的自立の基本です。
「実質賃金プラス」でも生活が苦しい理由——隠れた数字の罠
実質賃金がプラスに転じたとしても、体感的に生活が楽にならない理由があります。その最大の原因は、CPIバスケットの構成と、実際の家計支出の構成が異なることです。
例えばCPIでは家賃の算出方法として「帰属家賃」(持家を借りた場合の想定賃料)が大きなウエイトを占めます。しかし実際の賃借人にとっては、現実の賃料上昇が家計を直撃します。食費・光熱費・教育費といった日常的な支出が集中的に上昇している一方、平均では「プラス」に見えるという統計マジックが起きています。
インフレ時代の家計防衛——「固定費の変動費化」と「変動費の固定費化」
インフレが慢性化する局面では、家計の構造改革が必要です。私が推奨する戦略は以下の通りです。
- 固定費を削減・変動費化する:住宅(ダウンサイジングや賃貸維持)・通信費(格安SIM)・サブスクリプションの見直し
- 食費・光熱費を「予算枠」で管理する:値上がりに応じて際限なく支出が膨らまないよう、月次予算の上限を設定し、その範囲内で優先順位をつける
- 金融資産のインフレヘッジを強化する:現金・定期預金のみで保有している方は、物価連動国債・不動産・コモディティへの一定配分を検討する
政府の統計を「参考情報」として使いながら、自分の家計の実態を直視することが重要です。「実質賃金がプラスだから大丈夫」という安心感こそが、最も危険な思考停止です。