岸泰裕です。
2016年4月の電力小売り全面自由化から、2026年4月でちょうど10年を迎えます。
「消費者の選択肢を広げ、競争で電気代を下げる」という触れ込みで始まった自由化。
10年後の現実は何か。電気代は上がり、供給安定性は下がり、今またホルムズ海峡封鎖で電力システムが危機に瀕しています。
1. 「自由化で電気代が下がる」という幻想の終わり
電力自由化の理論的根拠は、競争が生産効率を高め、価格を下げるという経済学の基本です。しかし現実は全く逆でした。
電力自由化後の10年で、日本の電気料金は家庭用・産業用ともに大幅に上昇しています。新電力の参入が進んだにもかかわらず、です。
なぜか。電力という財は、普通の「競争市場」の前提条件を満たしていないからです。
電力は「在庫できない」「瞬時に需給を一致させる必要がある」「停電は許されない」という特殊財です。これを単純な競争市場に委ねることには、構造的な無理があります。
2. 新電力の「安売り競争」が生んだ供給脆弱性
自由化後、多くの新電力は「スポット市場連動型」の料金プランで顧客を獲得しました。電気が安いときは安い。しかし電気が高騰したとき——。
2021年の電力市場価格高騰時、スポット価格が通常の20倍以上に跳ね上がり、多くの新電力が経営破綻しました。
新電力から供給を受けていた病院・工場・飲食店が突然「供給停止」の通知を受けた事例は、記憶に新しいでしょう。「安売り競争」で薄利多売をしていた新電力には、価格急騰のリスクをヘッジする財務的体力がなかったのです。
3. ホルムズ封鎖が再び暴く「自由化の盲点」
今回のホルムズ海峡封鎖は、電力システムに直撃します。日本の発電の相当部分をLNG(液化天然ガス)火力が担っており、その調達の多くが中東経由です。
石炭火力の稼働制限を経産省が26年度は解除した(電力安定供給のため)というニュースが示すように、自由化・脱炭素の「建前」は、供給危機の前に次々と棚上げにされています。
「電気安い日本」は手放しで喜べないという報道も出ていますが、安い理由が「競争の成果」ではなく「補助金投入の結果」であれば、それはいつか終わります。そしてその後に来るのは、補助金分も上乗せされた請求書です。
結論:エネルギーコストを「固定費」として家計・事業設計に組み込め
電気代は今後も構造的に上昇し続けます。電力自由化の「競争神話」は10年で終わりました。
個人・企業がとるべき行動は、省エネ投資(太陽光・断熱・蓄電池)と、エネルギーコスト上昇を織り込んだ収支計画の再設計です。
電力会社を責めても電気代は下がりません。自分のエネルギー依存構造を変えることが、唯一の合理的な対応策です。
「電力自由化失敗」から学ぶ——規制緩和の光と影
電力自由化の失敗は、日本固有の問題ではありません。英国・カリフォルニア州でも電力自由化は深刻な市場混乱を招いた歴史があります。これらの教訓から見えてくるのは、「インフラは純粋な競争市場にはなじまない」という構造的事実です。
電力・ガス・水道・通信は「ネットワーク財」と呼ばれ、インフラ整備に巨大な固定費がかかる一方、利用者が増えるほど平均コストが下がる性質があります。このため自然独占になりやすく、規制なしの競争では「価格競争で弱者が撤退→独占化→価格上昇」という構造に陥りやすいのです。
個人が取れる「エネルギー自立」の実践策
電力会社の選択肢が減り価格が上昇する中、個人・家庭レベルでできるエネルギー自立への対応策をお伝えします。
- 太陽光発電+蓄電池の導入:初期コストは高いが、電気代の上昇が続く環境では回収期間が短縮されつつある。自家消費率を上げることで電力会社への依存を下げられる
- 省エネ投資の優先化:断熱改修・LED化・高効率エアコンへの更新は、電力消費量そのものを減らす最も確実な対策。「使わない電気は高くならない」
- 電力コスト上昇を事業・家計に織り込む:「来年も今年と同じ電力料金」という楽観的な前提で事業計画・家計設計をしないこと。2030年に向けて電気代が現在の1.5倍になることを保守的に織り込んで計画を立てる
「自由化されたのに高くなった」という怒りは正当ですが、その怒りをエネルギーに変えて行動するのがプロの態度です。制度が壊れているなら、自分がその制度に依存しない構造を作ればいい。それが、投資家マインドを持つ個人の生存戦略です。