ESGと企業価値——格付取得の現場で学んだ「非財務情報の使い方」

【この記事の結論】 ESGは「開示義務だから対応する」ものではなく、「資金調達コストを下げ、投資家の信任を高める」戦略的なツールです。アルテリア・ネットワークスで非財務情報を活用したデットIRにより、当初見通しBBB格からR&I A格の取得を実現した経験から、ESGと企業価値の実際の連動を解説します。


「ESGって、本当に企業価値に影響するんですか?」

この質問への答えは、「資金調達コストと格付に直接影響します」です。

アルテリア・ネットワークスで財務部長補佐・資金課長として勤務していた2020〜2023年、私は非財務情報——サステナビリティへの取り組み・ガバナンス体制・社会的価値——を格付機関や銀行との対話に積極的に活用しました。その結果として、当初証券会社の見通しがBBB格だったところから、R&I(格付投資情報センター)のA-安定的の格付を取得することができました。

これは「理論」の話ではなく、私が経験した「現場の事実」です。


1. なぜ格付機関はESGを評価するのか

格付機関が企業を評価する際、従来は財務指標(収益性・安全性・流動性)が中心でした。しかし近年、非財務情報——ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組み——が格付評価に明示的に組み込まれています。

理由はシンプルです。「将来の返済能力」を予測する上で、気候変動リスク・サプライチェーンの倫理的問題・ガバナンスの脆弱性といった非財務リスクが、企業の長期的な財務健全性を左右することが明らかになってきたからです。

格付機関は「ESGに真剣に取り組んでいる企業は、中長期的なリスク管理能力が高い」と評価します。


2. 非財務情報を「戦略的に使う」デットIRの実践

アルテリア・ネットワークスでのデットIRにおいて、私が特に力を入れたのは以下の点です。

① サステナビリティ計画との連動

サステナビリティ計画策定PJの委員として、単なるCSR報告書ではなく「事業戦略と連動したサステナビリティ計画」の策定に関与しました。環境負荷の低減・地域社会への貢献・従業員エンゲージメントを、財務指標との連動で語れるように設計しました。

② 格付機関への定期的な非財務説明

格付機関のアナリストとの対話では、財務データだけでなく「なぜこの会社は10年後も持続可能なビジネスを展開できるのか」という問いに答えることを重視しました。光ファイバーというインフラの社会的不可欠性・デジタル化社会への貢献を、格付の文脈で語りました。

③ ISO推進との統合(CFO部門)

ISO推進副責任者(CFO部門)として、品質マネジメント・情報セキュリティ管理をガバナンスの強化の文脈で格付機関に説明しました。これにより「管理体制の実効性」という非財務面でのプラス評価につながりました。


3. 上場企業における「ESG情報開示」の実務

ミーク株式会社での上場準備においても、コーポレートガバナンス報告書の作成・ESG情報の開示体制の整備が重要な作業でした。

機関投資家・ESG評価機関がどのようにESG情報を評価しているかを理解した上で、「開示すべき情報」と「開示の仕方」を戦略的に設計することが、上場後の株主との対話の質を左右します。


4. ESGと「社外取締役の役割」

社外取締役として企業のESGガバナンスに関与する場合、私が特に価値を提供できると考えている領域は以下の通りです。

  • 格付機関・銀行との非財務情報を含むデットIRの設計支援
  • サステナビリティ計画の策定と財務戦略との整合性確認
  • コーポレートガバナンス報告書の実効性評価
  • ESG情報開示の質と投資家への訴求力の評価

まとめ:ESGは「コスト」から「競争優位」へ

ESGへの取り組みを「コスト」として捉える経営者は、資金調達コストと投資家評価の両面で機会損失を被っています。「戦略的な非財務情報の活用」として捉え直すことで、ESGは企業の競争優位の源泉になります。


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著者:岸 泰裕|早稲田大学大学院ファイナンス研究科(金融工学MBA)修了。アルテリア・ネットワークスにて財務部長補佐・資金課長(R&I A格取得・サステナビリティ計画策定PJ委員・ISO推進副責任者)。早稲田大学大学院会計研究科「財務経営陣のための会計・ESG講座」修了(2022〜2023年)。ミーク株式会社にて東証グロース市場上場(2025年3月)に関与。明治大学リバティアカデミー講師。著書3冊。近著『日本株「配当×株主優待」で生活費消し込み投資』(ART NEXT)。


参考・公式資料


参考・公式資料

「ESG経営の「本当の意味」——数字で語れるESGと「飾り」のESGの違い」

「ESG(環境・社会・ガバナンス)」という言葉は2020年代に急速に普及しましたが、「ESGを本当に企業価値向上に繋げている企業」と「ESGを単なるPR・コンプライアンス活動として扱っている企業」には「圧倒的な差がある」というのが私の経験からの結論です。

「投資ファンドが「ESGデューデリジェンス」で見ること」

私が外資系金融と上場企業の財務の現場でESG評価に関わってきた経験から、実際に何を評価するかを整理します:

  • 「E(環境)」:「CO2排出量の削減目標と実績」「Scope1・2・3の把握状況」「気候変動による事業リスクの定量的評価(TCFDフレームワーク)」——「目標を掲げているが数字で管理していない」企業は実質評価ゼロ
  • 「S(社会)」:「サプライチェーン上の人権リスク管理(強制労働・児童労働の有無)」「従業員の多様性指標(女性管理職比率・外国人比率)」「労働安全衛生の事故率」——「表彰・認定が多くても実態が追いついていない」ケースが多い
  • 「G(ガバナンス)」:「取締役会の独立性・多様性」「経営陣の報酬設計(業績連動の適切な設計)」「内部通報制度の実効性」——「独立社外取締役が形式的に存在するだけ」の企業は実質的なガバナンス機能が低い

「ESGレーティング会社の「限界」」

「MSCIやサスティナリティクスのESGレーティングが高い」企業が「本当にESG先進企業か」というと、必ずしもそうではありません。「情報開示が詳細・適切に行われている企業」がレーティングで高く評価される傾向があり、「開示が下手だが実態は優れている企業」と「開示が上手だが実態が伴っていない企業」の区別が難しいという問題があります。

「「ESG投資」の現実——超過リターンは本当にあるのか」

「ESG企業に投資すれば超過リターンが得られる」という言説に対して、実証データは複雑です。

「ESGファンドのパフォーマンス研究」では:

  • 「2010年代後半〜2021年:ESGファンドは一般的な株式ファンドを上回るパフォーマンス(ただしテック株の影響が大きい)」
  • 「2022年以降:エネルギー株を除外するESGファンドがロシア・ウクライナ戦争によるエネルギー価格上昇で相対的に不振」

「ESGだから必ず超過リターンが得られる」という確証は現時点では弱い。しかし「長期的なリスク管理(環境規制リスク・社会的制裁リスク・ガバナンス不全リスク)」の観点では、「ESGが優れた企業は長期的なリスクが低い」という効果は合理的に期待できます。

まとめ——「ESGを「本業に組み込む」企業が生き残る」

「ESGを本業に組み込んでいる企業」——「省エネが本業のコスト削減に直結する」「人材の多様性が新規事業創出に繋がる」「ガバナンスの健全性が経営判断の質を高める」——これらが機能している企業は「ESGが競争優位の源泉になっている」という状態です。「ESGを義務として渋々行う企業」との差は、時間とともに拡大していきます。

「ESGスコアを「実際の投資判断」にどう使うか——実務家の視点」

「ESGスコアが高い企業に投資すれば安心」という発想は危険です。私が財務の実務で学んだのは「ESGは定性的なリスクの源泉を発見するためのフレームワークであって、投資の絶対的なフィルタではない」ということです。

「ESGスコアを「アラートシステム」として使う」

「ESGスコアが急激に下がっている企業」は「何か問題が表面化しつつある」シグナルとして活用できます。「ガバナンス問題(不正会計・経営陣の不祥事)」は「ESGのGスコア悪化」として先行指標になる場合があります。「投資前のデューデリジェンスでESGレポートを読む」のは「定性的なリスクの見落とし防止」として有効です。

「「ESGウォッシング」の見分け方」

「ESGを謳っているが実態が伴っていない企業(ESGウォッシング)」を見分けるポイント:

  • 「目標は掲げているが「数値での進捗報告がない」企業」
  • 「ESG報告書のデータが「第三者機関の検証(保証)を受けていない」企業」
  • 「経営トップの報酬がESG指標に連動していない企業(本気度の欠如)」

ESG投資は「単純な善悪の判断」ではなく「長期的なリスク管理と企業価値創造の視点」から捉えることで、実践的な投資判断に活用できます。「ESGは長期投資のリスク管理ツール」として理解することが、本質的な活用法です。

「ESGを「コスト」と捉えるか「投資」と捉えるか——経営者の分岐点」

「ESG対応はコンプライアンスコスト」と捉えている経営者と「ESGは競争優位の源泉」と捉えている経営者では、10年後の企業価値に大きな差が生まれています。

「コストと捉える経営者」は「最低限の開示・形式的な目標設定・担当者への丸投げ」という行動をとります。「投資と捉える経営者」は「自社の強みに関連するESG課題に特化した深い取り組み」「ESGによる新規ビジネス創出や生産性向上への活用」という行動をとります。

「気候変動・人権・ガバナンス」という課題は「企業の外部環境として避けられない」ものです。「この外部環境の変化を「脅威として最低限対応する」のか「機会として積極的に活用する」のか」——この発想の転換が、ESG時代の企業経営の本質的な問いです。「ESGスコアを上げることが目的」ではなく「持続可能なビジネスモデルを作ることが目的」という本質に立ち返ることが重要です。

「今日、一つだけ行動する」——これが変化の出発点です。知識を持ち、準備し、実行する人が、5年後・10年後に全く異なる結果を手にしています。先延ばしにするより、今日この瞬間から始めることの価値を、ぜひ実感してください。

「変化を語る人は多い。変化を起こす人は少ない。変化を起こす人になるために、今日から一歩を踏み出すことが全ての出発点です。」

著者

岸 泰裕(きし やすひろ)

早稲田大学大学院金融工学MBA取得。元外資系バンカー。財務・IR・ガバナンス・ESG専門。著書3冊、累計調達額480億円、明治大学リバティアカデミー講師(2014年〜)。

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