【この記事の結論】
SpaceXのIPO(公募価格$135、時価総額$1.75兆)は2026年最大の話題ですが、この価格での参加は割高です。Morningstarの適正価値評価は$780億(公募価格の約55%水準)であり、2025年の純損失はGAAP基準で$49.4億。「人生最大のIPO」に熱狂して飛びつくことが、個人投資家にとって最も高くつく判断になりかねません。私の結論は一つです。IPOでは買わず、セカンダリーで仕込む。
岸泰裕です。
2026年6月12日、SpaceX(ティッカー:SPCX)がNASDAQに上場します。調達額$750億、時価総額$1.75兆——あのサウジアラムコを超える「史上最大のIPO」です。
楽天証券・SBI証券・moomoo証券でも日本の個人投資家が申込可能という報道が出て、投資家コミュニティは沸き立っています。確かに、SpaceXは本物のビジネスを持つ、本物の企業です。私もそれは認めます。
だからこそ、正直に言わなければなりません。公募価格での参加は割に合いません。
外資系金融機関の財務部門で働き、デットIRや格付取得の現場でバリュエーションと向き合ってきた経験から、SpaceXのIPOを分解します。
1. SpaceXの事業——30秒で理解する「本当の強さ」
まずSpaceXが何者かを整理します。事業は大きく三本柱です。
① Starlink(売上の61%・最大の成長エンジン)
低軌道衛星(現在約9,600基)を使った衛星インターネットサービス。2026年3月時点で164カ国・地域に1,030万加入者を持ちます。2025年の売上は$114億(前年比+50%)、営業利益率は39%。ここがSpaceXの「本体」です。
② ロケット打ち上げ(売上の22%・世界シェア82%)
Falcon 9は2025年に165回打ち上げ、成功率99.53%。世界の商業打ち上げ市場の8割を独占しています。再利用型ロケットという技術的優位が、この圧倒的シェアを支えています。
③ xAI統合部門(売上の17%・不確実性大)
2026年2月、イーロン・マスクが率いるAI企業xAIとのビジネス統合が完了しました。AI関連の売上が全体の17%を占めますが、Morningstarはこの部門を「経済的な堀(モート)が不確定」と評し、企業価値の計算に明示的なリスクとして織り込んでいます。
総売上は2025年に$187億(前年比+33%)。本物の高成長企業であることは間違いありません。
2. なぜ「史上最大」になったのか——熱狂の構造
時価総額$1.75兆という数字は、どのように算出されたのでしょうか。
単純に計算すると、公募価格$135は2025年の売上$187億に対してPSR(株価売上高倍率)約94倍に相当します。比較として、AmazonのPSRが約3〜4倍、Appleが約8倍。「世界最高の成長企業」とされるNvidiaですら20倍前後です。
94倍のPSRが正当化されるには、SpaceXが今後10年で売上を数十倍に拡大し続けるという前提が必要です。Fortune誌は「$1.75兆を正当化するには10年で600倍の成長が必要で、そんな例は存在しない」と報じています。
さらに重要な事実があります。SpaceXは2025年にGAAP純損失$49.4億を計上しています。黒字化はしていません。この事実は、後述するS&P500組み入れ問題と直結します。
3. Morningstarが示す「本当の適正価格」
金融情報会社Morningstarは、IPO直前にSpaceXのフェアバリューを$780億($135 IPO価格に対して約$61相当)と試算しました。つまり、公募価格は適正値の約2.2倍だということです。
Morningstarの評価モデルの内訳はこうです。
- Starlink+ロケット打ち上げ事業のDCF(割引現在価値):約$6,110億
- xAI・AI関連の確率加重シナリオ:約$1,700億
- 合計:約$7,800億(公募時価総額の約45%)
Morningstarは「SpaceXには経済的な堀(narrow moat)がある。再利用ロケットのコスト優位とStarlinkの規模は本物だ。しかし、このIPO価格は賢い投資家が入るべき水準ではない」と明言しています。
これはSpaceXの事業を否定しているのではありません。「良い会社」と「良い投資」は別物だ——これが投資の鉄則です。
4. ロックアップと「本当の売り圧力」が来るタイミング
IPOにおける「ロックアップ」とは、上場前から株式を保有するインサイダー(創業者・従業員・初期投資家)が、上場後一定期間は株式を売却できないという制限です。
SpaceXのロックアップ構造は以下の通りです。
- イーロン・マスク:上場後366日間は売却不可
- その他の内部関係者:初回四半期決算報告の翌々営業日(2026年8月頃を予想)以降、段階的に売却可能
つまり、2026年8月前後から大規模な内部者売りが始まる可能性があります。SpaceXの非公開株を何年も保有してきた初期投資家・従業員が「利確」に動くのは自然なことです。
一方、インデックスへの組入れは「買い」圧力になります。
- Nasdaq 100:上場15営業日後(2026年7月7日頃)にファストエントリー規定で自動組入れ予定
- Russell指数:上場5営業日後(6月19日頃、Juneteenth休場考慮)に組入れ予定
- S&P 500:GAAP純損失のため組入れ不可(4四半期連続黒字が条件)
Nasdaq 100組入れ時(7月7日頃)には、Nasdaq 100連動のインデックスファンドが強制的にSPCXを買わなければなりません。この「強制買い」が一時的な株価の支えになるでしょう。しかしその後、内部者売りが始まります。
5. 個人投資家の「出口流動性」リスク
Motley Foolをはじめとする複数の米国金融メディアが、今回のIPOについて辛辣な表現を使っています。「個人投資家はインサイダーの出口流動性(exit liquidity)にされている」というものです。
これはどういう意味か。
SpaceXは今回、個人投資家への割当比率を30%と通常のIPO(5〜10%程度)と比較して異例の高さに設定しています。個人投資家が熱狂的に申し込んでくれれば、IPO価格でより多くの株式を売りさばくことができます。そしてロックアップが解除された後、内部者が保有株を売却する相手が必要です——それが「個人投資家」です。
スタンダードチャータード銀行の財務部門で機関投資家向けの資金調達に関わっていた頃、IPOプロセスの裏側を間近で見る機会がありました。企業とアドバイザーの最大の関心事は「公募価格をどこに設定すれば最大の資金が調達できるか」です。それが個人投資家にとって割安かどうか、ではありません。
6. セカンダリー戦略——具体的に「いつ・どの水準で」狙うか
では、SpaceXに投資したい個人投資家はどうすればよいか。私の考えるセカンダリー戦略を示します。
買い場①:上場直後の「お祭り終了」(2026年6月中旬〜下旬)
上場初日は個人投資家の熱狂により、公募価格を大きく上回る初値がつく可能性があります。しかし熱狂は必ず冷めます。公募価格$135を超えて高騰した後に冷却し、$120〜$130台に戻すようであれば、Nasdaq 100組入れ(7月上旬)を見越した短期的な買いのチャンスになり得ます。ただしこれは短期トレードに近く、長期投資家向けではありません。
買い場②:ロックアップ解除前後の内部者売り(2026年8〜9月)
初回四半期決算の発表後、内部者の売却制限が段階的に外れ始めます。この時期は構造的な売り圧力が発生するため、株価が調整する可能性が高い。Nasdaq 100組入れによる強制買いが一巡した後に重なるため、調整幅が大きくなるシナリオも考えられます。$100前後まで下落するようなら、ファンダメンタルズ的に検討する価値が出てきます。
買い場③:Morningstar適正水準への収束(目標価格$61前後)
最も安全なのは、Morningstarが示す適正株価$61(≒$780億時価総額)近辺まで株価が調整した局面です。これは公募価格の55%水準であり「半値以下」を待つことになります。「そこまで下がるわけがない」と思うかもしれませんが、2000年代初頭のITバブル崩壊後、Amazonは最高値から95%下落し、その後世界最大企業の一つになりました。本物の企業が大幅に売られる局面こそ、長期投資家の出番です。
投資家タイプ別の判断基準
- 長期・コア投資家(10年以上の視点):$80〜$100以下まで待つ。あるいは新NISAの成長投資枠で少額ずつ積み立て開始(価格感応度を下げる)
- 中期投資家(3〜5年):ロックアップ解除後の調整($100前後)を狙う。ポートフォリオの3〜5%以内に収める
- IPO参加を検討している方:当選しても「全額売却して資金確保」→セカンダリーで仕込み直すことも一案
7. 日本から買う際の実務——証券会社と新NISAの活用
楽天証券・SBI証券では米国株として上場後にSPCXを売買できます(NASDAQ上場銘柄)。moomoo証券も上場初日から対応予定です。
新NISAの成長投資枠での活用可否については、NISA口座で米国株を保有すること自体は可能ですが、外国税額控除の複雑さや、NISA内での損失が他の利益と通算できない点には注意が必要です。SpaceXのような高ボラティリティの成長株をNISA枠に入れる場合は、「損をしてもNISA枠を消費してしまう」リスクを理解した上で判断してください。
為替リスクも無視できません。ドル建て資産であるSPCXに投資する場合、円高に転じれば円換算の損益に影響します。現在の為替水準と今後の日銀政策を踏まえた上での判断が必要です。
まとめ——「良い会社」と「良い投資」は違う
SpaceXは疑いなく、世界でも類を見ないほど競争力の高い事業を持つ企業です。Starlinkの成長率、Falcon 9の市場シェア、イーロン・マスクの実行力——これらは本物です。
しかし、良い会社に「いくらでも払ってよい」わけではありません。公募価格$135・時価総額$1.75兆という数字は、今後10年の「夢のシナリオ」を全て先食いした価格です。
投資の鉄則は「価値より安く買う」ことです。史上最大のIPOだからこそ、冷静に、セカンダリーを待つ。それが私の結論です。